『発達障害を持つお子さんの支援者として思うこと』vol.2

発達障害

前回はなぜ発達障害を持つお子さんの支援の仕事を始めたかのきっかけを書きました。

私はもともと保育畑の人間ではないのですが、色々な理由で保育士の資格を取り、母子支援のスペシャリストを目指しています。

その原点は、実は、ボランティアでグァテマラという中米の国で暮らした2年間の体験にあります。

目次

~止まないひとへの恋心~

元々は外国の文化に興味があり、せっかく外国に行くのなら長期で住み現地の人たちと心の交流をしたいと思っていました。

夢が叶って、中米のグァテマラという国で年近く生活することになります。

そこでは私はマイノリティで、異文化の人間で、想いはあっても言葉が足りず誤解を生んだりして、不自由や孤独を感じたこともありました(もちろん楽しい思い出もたくさんあります)。その時の自分を「障害者」というのは適切ではないかもしれませんが、自分のことを表現するという意味では不便があり、多数派に馴染むための努力も必要でした。

帰国して、結婚、出産をして数年が経ちました。いつか海外にまた行くときに何か母子支援のための専門性が欲しいと思い、保育や発達障害の勉強を始めました。いくつかの書籍を読む中で、自閉症者の東田直樹さんの本に出会いました。

おこがましいのですが、私は自分の海外生活を思い出して、少しだけ彼の気持ちがわかるような気がしたのです。

彼は、その表面上の行動だけを見るのならば、年齢より幼く見えてしまいます。

しかし、彼の書いた文章を読むと、思慮深く忍耐強い大人なのです。

伝えたいことは頭の中にあるのに、表面にそれを出すことができず、誤解を受け苦しんでいるのです。

私は、自分自身が、外国の地で、伝えたいけどうまく言えない。

良かれと思ってしたことが誤解を受ける。

そんなことを思い出しました。

グァテマラの友人といる時、日本人の友人に電話をしたことがあります。

普段たどたどしいスペイン語しか話せない私が、当たり前ですが母国語を流暢に話すのです。電話が終わって部屋に戻った時、拍手が起こりました。

話をするのがそんなに上手だったんだね!

そんな内容のことを言われた気がします。

おそらく、おそらくですが、「障害者」と呼ばれている人たちにも少なからずこういった誤解があるのだと思うのです。

表面に出せるものが限られていて、その内面までも誤解されることが。

しかし、東田さんが文字盤やパソコンに出会って想いを伝えられるようになったように、私が日本語なら流暢に自分の想いを伝えられたように、ツールさえ発見できたら、コミュニケーションにおける障害はだいぶ小さくなるのではないかと思うようになりました。

その思いが確信に変わったのは、國學院大学の柴田保之先生のされている研究を知った時です。

柴田先生は、重度の障害を持つ方達とのコミュニケーションの方法を研究している先生で、その研究の成果を書籍としても発表されています※1

障害者は言葉を認識できていないのではなく、発語という出力のハードルが高い。そこに誤解が生じている。その意味で、障害とは「表現することをめぐる障害」とおっしゃられています※2

何もわかっていないのか、それともわかっているけれども表現がうまくできずに苦しんでいるのか。このことは、障害のあるなしに関わらず、人と接する際に意識しなければと思っています。

人間というのは奥が深いです。

綺麗事では立ち行かないこともあります。

一方で、綺麗事をはるかに超えた事実が起きることもあります。

そんなことを考えると、私は人間というものをもっと知りたい、と思うのです。まるで恋心のように。

~もっと知りたい。なぜなら、あなたが好きだから~

発達障害の話からだいぶ広がってしまいました。

ここで、私がしたいことはなんなのか、もう一度整理したいと思います。

国籍が違う、年齢が違う、性別が違う、なんらかの障害があることによって、人と人の間に誤解が生まれることは多々あります。もちろん、当人の悩みや苦しみを理解できるとは言えないし、みんなが同じであればいいとも思いません。

だけど、異文化にひとり生活した私が戸惑いながらも幸せだったのは、そこで出来た「友だち」が「もっと知ろう」としてくれたからだったと思います。

発達障害を持ったお子さんや、そのご家族に対しても、そういうことを、私はしたいのです。

コミュニケーションがスムーズにいかない時に、思い出す風景があります。

私が住んでいた異国の地は綺麗な湖が近くにありました。

湖面に浮かぶ月を眺めながら、縄につながれていない犬と遊びながら、電子辞書を片手に毎晩2時間くらい友人家族ととおしゃべりを楽しむのが日課になっていました。

伝えられたことは文章にすればほんの少しです。

でも、なぜか大笑いして話しました。

一生忘れられない風景になりました。

一生の友人ができました。

そんなに楽しかったのはなぜだったのでしょうか。

それは、

「もっと知りたい。なぜなら、あなたが好きだから。」

そんな気持ちで話していたからだと思います。

その気持ちで、人と接することを今でも忘れたくないと思っています。

次回からも、「もっと知りたい」という気持ちで心を込めて文章を書いてみたいと思います。

1:『沈黙を超えて』オクムラ書店

『みんな言葉を持っていた』萬書房

2『ユー・アー・エンゼル!』幸福の科学出版 p.60




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ペルー人夫と息子の3人暮らし。英語&スペイン語のトリリンガル!約1000人以上の外国人とオンラインで交流したり観光ガイドをしている経験から外国人が日本人に抱くイメージを知り尽くしています。外国人女性の友人も多いです。外国人パートナーに関する内容をブログとツイッターで発信中♪ツイートDMで無料お悩み相談も受付中!