グァテマラの危険度

グアテマラ危険度




皆さんこんにちは、ともちんです。

今日はグァテマラの闇の部分、治安の悪さについて書いてみたいと思います。

旅行番組がたくさんあって、一般の人も海外情報をブログや動画で容易に発信できるようになり、随分と外国が身近になったような気がします。

特に、ヨーロッパやアメリカなどのポピュラーな国ではなく、アジアやアフリカ、中南米の情報もネットで容易に調べられるようになりました。

しかし、意外に表に出ないのが、そこの国(地域)の危険性です。

私は国のボランティアとしてグァテマラに2年近く住んだのですが、一緒に行った7人中5人が拳銃強盗に遭っています(首都か首都近郊に限られますが)。うち一人はバス強盗だったのですが、乗客による犯人への制裁(リンチ)を目の当たりにしてしまいトラウマになり帰国しました…。

グァテマラは中南米の中でも治安が悪いらしく、ボランティア間の旅行もグァテマラからの出国は認められていましたが、他国のボランティアがグァテマラに旅行に来ることは禁じられていました(治安の悪さに慣れていないため)。

私自身はグァテマラで犯罪被害に遭ったことはなく、そのノウハウは次回書こうと思います。

ただ、身の危険を感じたり、道に倒れている死体は見たり、隣町の殺人事件を聞いたりしたことがあります。

一緒に学校に通っていた先生の旦那さんは殺されたと言っていました(でもニュアンスがよくわからず…こんなに身近に殺された人がいるものなのか今でも腑に落ちていません)。

グァテマラは1960年から1996年まで内戦が続いていたのですが、この頃インディヘナの人たちが大量に虐殺されました(当時から住んでいる日本人に聞くと、この頃は外国人にとっては住みやすかったと言っていました)。

私のとても仲のいい友人のお父さんは、この頃に境遇を悲観して自殺してしまったと言っていました。

現在はインディヘナの権利の復興運動などが行われ、少なくとも私たちボランティアが立入れる地域では極端な差別は感じられませんでしたが、現在でも警察や政府の信頼は低く、困った時には住民たちだけで解決することも(外国人が人さらいを疑われリンチされた話を聞き、人違いだったら…と思うと身震いがしました)。

グァテマラの新聞は”Prensa Libre”と”Nuestro Diario”が全国紙としては有名ですが、Diarioの方は一面によく殺人の現場写真(モザイクがかかっていたり布が被せられたりしてるが)が載っていたので、最後まで馴染まなかったです。

疑問①

グァテマラの人は暴力や殺人に慣れてしまったいるのか?

 

ーいいえ、そんなことはありません。

ホームステイ先の家族のお父さんが、少し荒れてる日がありました。

いつも仲のいい家族がその日は喧嘩をしているようでした。

私は怖くて自分の部屋に籠っていたのですが、しばらくしてそこのお父さんが私を呼んで怖い思いをさせてくれたことを謝ってくれました。

その日お父さんは隣の町に買い物に行って、殺された遺体を見てしまったと言っていました。心がざわついてイライラしていたそうです。

選挙の時の新聞にも、有権者が望むことは「暴力の終結”terminar viorencia”」と書かれていました。

こんな状態に慣れる人なんていません。

ちなみに、私が持ち込んだ「名探偵コナン」の殺人現場の絵を見て怖がっていました。こんな絵を子どもに見せてはいけないと…。

私にすると、新聞の写真の方が怖いんですけど、国によって感覚が違うのかもしれません。

疑問②

どうやって身の安全を守っているのか?

ーやはり、家族や親戚、地域の結びつきが非常に強いです。

日本はなんとなく皆善人な感じで、当たり障りなくなんとなく暮らしていますが、グァテマラに居て感じたことは、最高に優しい人と凶悪な人が隣人同士であるようなかなりカオスな地域だということです。

尊敬できる友人もたくさんできて、私が腹痛の時にはスープを届けてくれたり、金欠の時にはお金を貸してくれたり、私の母が来た時には泊めてくれたり、涙が出るほど親切なことをたくさんしてくれました。

一方で、よそ者にはやはり警戒心が強く、私にも「知らない人が話しかけても答えないように」とアドバイスをくれました。

私は、国のボランティアということで市役所を通して赴任したので信頼してもらえたこと。以前に住んでいたボランティアの日本人の方が親切な方だったので印象が良かったことなどの理由で受け入れてもらいやすかったのだと思います。

外国人に対して警戒心のある場所に行って、良かれと思って子どもを可愛がりすぎるのは要注意です。間違っても人目のつかない場所で子どもと二人きりになってはいけません。特に子どもの誘拐が多い地域では犯人にされてしまう危険もあるのです。

「君子危うきに近寄らず」「李下に冠を正さず」 です。

ただ、首都と地方ではまた状況も変わります。

私が住んでいたところはほぼ親戚同士の集落で治安も良く、子どもたちも夜9時くらいまで表に出て遊んでいました。

「時間」「場所」「行動」「そこの人たちとの関係性」…とても重要ですね。

次回は、私が犯罪被害に遭わないように気をつけていたことを書きますね!!




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アラフィフ女子です。お金、旅行、料理、生き方、世界の話、食べ歩き 北欧スタイルのインテリアなど自分の好きなことを発信しています。